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旧古河庭園のバラの美しさ

今年2020年は、古河庭園のバラは、コロナのために開演しなかったのです! とても残念なことです・・・そこで少しでもこの庭園の美しさを紹介するためにこの庭園の美しさを紹介してみようと思います。

古河庭園1

この庭園は、上野駅からすぐにゆくことができます。かなり歴史的な公園であり建物とバラのコントラストが素晴らしい場所です・・・・

旧古河庭園は約100種200株ものバラが華やかに咲き誇る洋風庭園と重厚な洋館、そして京都の著名な庭師、七代目小川治兵衛作庭の日本庭園を贅沢に味わうことができる、都内でも貴重な庭園です。
春バラの見ごろの時期に合わせて開催している「春のバラフェスティバル」は、今年記念すべき20回目を迎えます。ーーーーしかし中止となったのです・・・

古河庭園2

古河庭園は,多分雑誌等で位置は皆さんの目に止まっているバラとその背景の美しい場所なのです。 無論、薔薇の花は早春の一番咲のバラが最高ですが,今回ここで紹介するのは秋の一番バラです!

古河庭園3

ここの古河庭園は旧古河庭園とも呼ばれておりバラと庭園が有名ですが名称からお分かりのようにここは庭園ですから他の木々,池滝などなど名だたる素晴らしい日本庭園があるのです。しかし一般的にはこの日本庭園は紹介されち内容でバラが咲く素晴らしい庭園と古河邸だけがクローズザップされているようです。この美しい洋館内は,見ることが出来るのですが,往復はがきによる事前承認が必要と書いてあります。 最も薔薇の花を見たり庭園を鑑賞するだけならば季節の美しい時期に訪れればよいのであまり気にしなくともよいでしょう・・・・芝生が1500平方mとありますからかなり広いことが、うかがわれます・・・・その通りで2段式になったこの庭園は,上からも下からも素晴らしい景観を呈しています。(20101016現在 ) 参考情報:20101018バラ咲く神代植物公園 「深大寺」 「巣鴨とげぬき地蔵」

古河庭園4

秋の薔薇とマリーゴルドに囲まれた素晴らしい庭園です。 ここが丁度北側の入口のソバですがこれからだんだんバラも満開を迎えるでしょう・・・かなり背景の建物が豪華ですから花も素晴らしく映えるのです! 私の経験から出者この建物は,軽井沢にある三笠ホテルと同じような美しい建物であることが分かります。 軽井沢の方は、秋の紅葉との調和が、なんといっても美しいホテルと園周辺ですです! 軽井沢銀座とも近いので皆訪れる名所です。

古河庭園5

こんな素晴らしい庭園が,上野駅のすぐ傍にあります。 山手線の駒込駅,あるいは京浜東北線の上中里駅から7分程度で行ける場所にあります。 どちらかというと上中里駅の方が近いのですが途中何もありません! 一方駒込駅から行くと少し歩く距離が増えますが,途中の街中が楽しいショップが沢山あります・・・・さあ,皆様はどちらから行きますか!

古河庭園6

これだけしっかりとどっしりとした建物は、ちょっと見当たりません・・・・武蔵野台地の斜面と低地という地形を活かし、北側の小高い丘には洋館を建て、斜面には洋風庭園、そして低地には日本庭園を配したのが特徴です。 この庭園はもと明治の元勲・陸奥宗光の別邸でしたが、次男が古河財閥の養子になった時、古河家の所有となりました・・・・」と 古河庭園の紹介記事にあります・・・・

黒っぽい,茶色色をしたサイズの大きなレンガ状の壁面はちょっと見たことがなくその重厚さはここから着ているのでしょう! 白い色の窓のふちは,一般的に明治の時代にも沢山好まれて西洋風建物には取り入れられたようです・・・・県内でも那須アウトレット近くの青木邸が似ていますね!

ここが素晴らしい眺めの下側の庭から見た邸宅洋館風景です。 このへんから取られた初診が多いようです! この日は,この邸宅内を時間を決めて人数限定で有料で案内人付きで紹介していましたが時間が一日4回程度なので諦めて帰ってきました! ここだけを訪れるならばこれも目玉の一つとなるでしょう・・・・

反対側の芝生から見た洋館風景・・・・ちょっとアングルを変えただけでこれほどの美しさが芽生えるのです。 順茶色系の建物ということでちょっと一般の洋館風景とは異なり特にバラなどとはよく合うようです!

ちょっとバラがある風景を見ると外国に行ってバラを見ているような錯覚に陥ります・・・・・

洋館前のバラはもう見頃が近づいていましたが,下旦のバラ園は,もう少し見頃はかかるようでした。

 

以下庭園の歴史紹介・・・

武蔵野台地の斜面と低地という地形を活かし、北側の小高い丘には洋館を建て、斜面には洋風庭園、そして低地には日本庭園を配したのが特徴です。
この庭園はもと明治の元勲・陸奥宗光の邸宅でしたが、次男が古河家の養子になったのち、古河家の所有となりました。尚、この当時の建物は現存していません。
現在の洋館と洋風庭園の設計者は、英国人ジョサイア・コンドル博士(1852~1920)です。博士は当園以外にも、旧岩崎邸庭園洋館、鹿鳴館、ニコライ堂などを設計し、我が国の建築界に多大な貢献をしました。
日本庭園の作庭者は、京都の庭師・七代目植治こと小川治兵衛(1860~1933)の手によるものであり、彼は当園以外にも、山縣有朋の京都別邸である無鄰菴、平安神宮神苑、円山公園、南禅寺界隈の財界人の別荘庭園などを作庭しました。

戦後、国へ所有権が移りましたが、地元の要望などを取り入れて、東京都が国から無償で借り受け、一般公開されました。
数少ない大正初期の庭園の原型を留める貴重な存在で、伝統的な手法と近代的な技術の融和により、和洋の見事な調和を実現している秀逸で代表的な事例となっています。また、現存する近代の庭園の中でも、極めて良好に保存されている数少ない事例として重要であることから、平成18年1月26日に文化財保護法により国の名勝指定を受けました。

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